1925年5月23日、但馬北部をマグニチュード6.8の大地震が襲いました。北但大震災です。災害から100年である2025年には、シンポジウムや古写真を用いた企画展示などいろいろなイベントが企画実施されました。また震災復興後に建てられた「豊岡復興建築群」ではスタンプラリーが開催されました。
―大震災からの復興
円山川流域は特に被害が大きく、豊岡市中心街では多くの建物が倒壊または焼失しました。その被害を乗り越え力強く復興した豊岡復興建築群は、100年以上経った今でも一部その姿を見ることができます。
当時の最大震度階級である震度6を記録した北但大震災。震災後に起きた火災を教訓に、災害後は地震や火災に強いまちづくりが進められました。防火帯を設けるなど防火建築の促進を目的にした補助制度が創設され、大開通りを中心に48件もの建物が申請されたといいます。その意匠を凝らした建築物の多くは現在でも大切に残されています。
―豊岡稽古堂(旧豊岡町役場)
震災から2年後の1927年に建設された稽古堂もその一つ。かつては旧豊岡町役場、そして旧豊岡市役所本庁舎として使用されていました。中央に車寄せと塔屋を立ちあげて縦方向が強調され、堂々とした姿が印象的な本庁舎。左右に大きなアーチ窓を連ねて軒先に持ち送り風の装飾をつけ、中心性を強調した官庁建築です。
2011年に新庁舎の建設工事が始まり、従来の位置より南に約25m移設されました。現在は1階と3階は市民の憩いの場として、2階は議場として利用されています。近代化遺産として評価が高く、北但大震災の記憶をとどめる貴重な建築物として保存·活用されています。
―TOYOOKA1925(旧兵庫県農工銀行豊岡支店)
1934年に旧兵庫県農工銀行豊岡支店として建設されました。その後山陰合同銀行や豊岡市役所南庁舎別館として使用され、現在はホテル「TOYOOKA1925」として宿泊も可能です。
建築は当時洋風建築の名手と言われた渡邊節によるもので、外観はルネッサンススタイルの銀行建築。内部の連続するアーチは興味深く、堅牢な面合格子や網入りガラスに当時の面影が残っています。当時は向い側の旧豊岡郵便局と相対して、「中央街路(大開通り)の偉観」と言われていました。

(画像:TOYOOKA1925。2026年3月下旬まで外壁工事予定)
―豊岡劇場
地域唯一の映画館である豊岡劇場も復興建築です。1927年に芝居小屋として開業し、1951年に映画館になりました。建物上部に残る八芒星のレリーフや、レトロな外観が当時の面影を今に伝えています。
現在はミニシアターだけでなくコミュニティスペースとしても営業しており、地域の芸術拠点としてなくてはならない存在です。
―身近にある復興建築
大開通りや宵田通り周辺では、まだまだ多くの復興建築に出会えます。大開通り東側にある鈴木邸はひときわ目立つ斬新な建物で、屋根には王冠のような壁が立ち上がっています。また市役所から東側にある通りに面した三戸一棟の共同ビルは、一軒一軒窓のデザインが違っています。他にもレリーフを掲げた建物や、玄関両サイドに柱をそなえた和洋折衷の建物など、個性的な建物が並びます。
建築群の一部は県景観条例の「景観遺産」にも登録されるなど、カメラ片手の街歩きもおすすめ。今では珍しい外観はオシャレなだけではなく、復興の歴史を後世に伝えています。
LINK UP 豊岡復興建築群
| ■豊岡復興建築群 [所]兵庫県豊岡市大開通り、宵田通り周辺 [問]0796-22-8111(豊岡観光協会) |















