江戸幕府に献上されていた朝倉山椒や但馬最大の古墳など、歴史文化が豊富な兵庫県養父市。
同市にある斎(いつき)神社には、一風変わった「お走り祭り」についての伝承が残っています。
―走るみこし
「ハットウ、ヨゴザルカ」のかけ声とともに走っていくみこし。みこしがまるで軽く走っていくように見えたことから名前がついた「お走り祭り」。
約1800年前の江戸時代から現代にわたって続く奇祭です。
重さ150キロにもなるみこしは、市内の養父(やぶ)神社を出発し、斎神社まで片道2 0キロの道のりをおおよそ2日間かけて往復します。
首まで水に浸かりながら激流の大屋川を渡る「川渡御(かわとぎょ)」と、養父神社と斎神社のみこしが合流し、ぶつかり合う「ねり合わせ」は最大の見せ場。
勇壮果敢な男衆の姿を一目見ようと多くの人が集まります。
―「お走り祭り」の由来
祭りの起源については、はっきりとはわかっていないものの、斎神社にはある伝承が残されています。
その昔、兵庫県北部の豊岡市・養父市・朝来市・香美町・新温泉町の5つの市町からなる地域は但馬(たじま)と呼ばれていました。
但馬の地は泥海で人々の生活は苦しく、とても苦労していたそうです。
そこで但馬の南北に点在している但馬五社【絹巻(きぬまき)神社・出石(いずし)神社・小田井縣(おだいあがた)神社・養父(やぶ)神社・粟鹿(あわが)神社】の神々は、土木の神様である斎神社の彦狭知命(ひこさちのみこと)に頼み、豊岡市瀬戸の津居山を切り開いてもらうことにしました。
おかげで泥水はみるみる日本海に流れ出し、但馬に肥よくな大地が生まれたそうです。
この時、但馬五社の代表として養父神社の養父大明神が、斎神社の彦狭知命のもとにお礼参りしたことから「お走り祭り」が始まったとされています。(※諸説あります)
―春の訪れをあらわす風物詩に
「お走り祭り」は、今でも円山川を中心とした但馬の国生み伝承の一つとして伝わっています。
同祭は毎年4月の中旬に開催し、春の訪れを知らせる風物詩として、地域に欠かせない伝統催事となっています。
LINK UP 奇祭 お走り祭り
■関連サイト 奇祭 お走り祭り [所]養父市神社(養父市養父市場)〜斎神社(養父市長野) [HP]https://www.city.yabu.hyogo.jp/soshiki/kyoikuiinkai/shakaikyoiku/1/1/2370.html |