但馬CULTURE VOL.83 大乗寺の襖絵


兵庫県美方郡香美町香住区に佇む「大乗寺」は、江戸時代の絵師・「円山応挙」とその弟子たちの手で描かれた襖絵が多く収納されていることから別名「応挙寺」としても親しまれています。

普段襖絵は保存のため再製画が展示されていますが、現在13年ぶりに、特別公開が行われています。(2022年12月時点)

―「大乗寺」とは

「大乗寺」は天平17年(745年)創建の高野山真言宗のお寺です。
樹齢約1200年のクスの巨木を見上げながら石の階段を登り山門をくぐると、客殿・本堂・薬師堂(※1)・鐘楼(※2)・蔵などがあらわれます。

中でも襖絵の納められた客殿は地方の寺院としては大きく立派なもので、お客さまを接待するために造られた広間が存在します。

客殿には、仏間の十一面観世音菩薩(国重要文化財)を中心に13の部屋が囲むように造られており、各部屋を仕切る襖には、農業の間・山水の間・仙人の間などそれぞれの意味が込められた襖絵が描かれています。

このことは後に客殿全てが仏教の教えを説く宗教的空間(立体曼荼羅)を示すような表現をしているとされ、仏教世界の東西南北を守る守護神”四天王 ”の仏が十一面観世音の四方に仏像として安置しているのと同等の効果を持っているとも考えられています。

この壮大な空間配置をされた襖絵は、江戸時代の絵師・「円山応挙」とその一門の弟子たちによって手掛けられています。

(※1)薬師堂…薬師如来の像を安置してある堂舎。
(※2)鐘楼(しょうろう)…時刻や緊急情報などを知らせるため鐘を設置した建物。

―円山応挙(まるやま おうきょ)との出会い

京都府亀岡市で農家の次男として生まれた応挙。

「大乗寺」との出会いは、当時の住職がその才能を見込んで学資援助をしたことが始まりでした。

絵を学んだ後は、自然を写生(※3)することに専念したり西欧の遠近法等の手法を学び、独自の新しい画風を完成させていきました。

上手いだけじゃなく、どこかユーモアがあって親しみやすい作品は人々を魅了するようになり、ついに画壇(※4)の頂点へと登りつめた応挙は、ご縁の恩返しとして「大乗寺」に”百六十五面 ”の襖絵を弟子達と描いたのでした。

応挙が弟子達と描いたこの作品は、そのすべてが国の重要文化財に指定されています。 

(※3)写生…自然物などもの・事を、実際に見たままに描く事。 
(※4)画壇…画家たちだけで作られた社会団体

―襖絵の見どころ

襖絵は廊下から眺めるだけでなく、室内で座って眺めたりすることで、よりその奥深さを楽しむことができます。

ここでは応挙作の襖絵3点の見どころについてご紹介していきましょう。

最初にご紹介する「孔雀之間(くじゃくのま)」は応挙晩年の細やかな技を見られる部屋になっています。

仏の前に位置する一番広い部屋に描かれたこの作品は、目が不自由になっていたといわれる中、亡くなる数ヶ月前に描き上げた大作です。

仏間の襖は開閉する機会が多く、開けた時と閉めた時どちらの場合でも松の枝ぶりが綺麗に繋がる、考え抜かれた構図に目を見張るものがあります。

外の明かりだけを頼りに静かに部屋を見渡していると、あるとき松の葉や孔雀の羽根などの部分に微量な青みや濃い緑色を感じてきます。

これはその部分に「松煙墨(しょうえんぼく)」という特別な墨が使用されているためですが、よく目を凝らしてやっとわかるような表現の細かさに驚かされるばかりです。

「孔雀之間」の隣に位置し四天王の1人、政治を司る増長天(ぞうちょうてん)の存在を暗示する南の部屋「芭蕉の間」には、応挙が得意とした”八方にらみ”の技法を見ることができます。

バナナの葉にも似た芭蕉(ばしょう)の葉の上に、豊かな表情で子供が絵を描いている場面が印象的です。

”何をしているのだろう”と近くに寄って見たくなるこの絵には、見る方向に合わせて子供の体が動いてこっちを向いているような目の錯覚を感じます。
絵を見る位置によって見え方が違う”八方にらみ”に応挙の遊び心を垣間見ることができます。

「芭蕉の間」を見た後は四天王の1人、芸術・文化を司る広目天(こうもくてん)の存在を暗示する西の部屋「山水の間」です。ここには部屋全体で水辺に住む人々の暮らしぶりが描かれています。

位の高い人を迎える部屋のため、床が一段高くなった座があり、そこから丁度「大乗寺」の近くを流れる矢田川〜京都にある天橋立、最後に雄大な日本海へと水が流れていく様子を一望できるようになっています。

反対に低い位置(下座あたり)から部屋の右奥にある高い山を見ると、まるで見上げているように感じ、里は平地から眺めているような楽しみ方ができます。

部屋の明かりを消して低い位置からしゃがんで上を見上げると、欄間に施された透かし彫(特に楕円の形の部分)から隣の部屋の明かりがこの部屋に差し込んでいる姿が、月とも太陽とも取れる情景を作り出しています。

絵は部屋の上座にある違い棚の少し向こうまで広がり、流れに沿って振り向くと部屋の外の景色も見渡せます。そんな視線の流れは、室内外に途切れることなく、まるで現実と絵の世界を繋いでいるかのような光景です。

応挙の絵の中にはいつも高い写生技術の中に、視線の方向と位置、見ている時の光の具合、余白、絵と空間の繋がりがさりげなく用意されていました。

何気ない風景の美しさを表す演出の数々や、絵が動くことによって絵の中のモチーフと遊んでいるような出会いの体験が、今でも多くの人に応挙の作品が親しまれている所以なのかもしれません。

―未来に残す取り組み
襖絵は応挙の率いる円山派の一大思想空間として、年々その重要性が認められています。

「大乗寺」では沢山の人に見ていただきたいという思いから、平成15年5月、重要文化財の襖絵165面を災害と腐食から保護するための国内最大の収蔵庫が竣工し、作品の保護をしました。

この取り組みの費用は文化庁、兵庫県、香美町の補助金と大乗寺檀家、一般の寄付金で実現され、今は原画のかわりに再製画が客殿に納められています。

今後も応挙たちの残した貴重な作品を後世に受け継いでいくため、そしてお寺自体の維持管理のための協力が大切になっています。

実際に来られて、その目で襖絵を見ることが一番おすすめですが、遠方の方には、各部屋の襖絵を見たり、お寺や応挙についての資料を閲覧できるデジタルミュージアムも用意されています。
(大乗寺デジタルミュージアムURL:http://museum.daijyoji.or.jp/)

冒頭にご紹介した原画特別公開には、今回ご紹介した3作品も原画公開しています。絵の繊細な表情をその目で見ることができる貴重な期間になっています。
この機会にぜひ応挙の世界が詰まった大乗寺へ訪れてみてください。

期間:2023年3月15日(水)まで
内拝料:大人/1,200円 子供/600円(小学生)※(2022年9月5日から)
開館時間:午前9:00〜午後4:00(受付午後3:40迄)

LINK UP 大乗寺の襖絵

■亀居山  大乗寺
[所]兵庫県美方郡香美町香住区森 860
[問]0796-36-0602
(HP)http://www.daijyoji.or.jp/
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