山陰本線と播但線の接続駅であるJR和田山駅。阪神・淡路大震災の際には迂回路として重要な役割も担っており、交通の要としても栄えました。
かつての但馬は養蚕が盛んであり、和田山駅前も繭の集積地としても賑わった場所の一つ。大正6年(1917)に建設された小口組製糸の製糸工場を皮切りに、昭和44年(1969)に閉鎖されるまでの約50年もの間、駅前にあった大きな製糸工場は複数の企業によって運営されていました。
現在は取り壊されてしまいましたが、最盛期には1400人もの従業員が働いていたといいます。工場の操業に伴って駅前には商店が建ち並び、食堂や雑貨屋、銭湯、娯楽施設など、町で揃わない物はなかったほど賑わっていたとか。
―製糸工場の名残
当時の面影を残す遺物は少ないですが、JR和田山駅がある和田山町東谷地区の氏神である「大蔵神社」は、かつてここに製糸工場があったことを示す場所でもあります。神社の脇には「製糸工場跡」の石碑が残り、神社の縁起によると、工場の閉鎖後に工場内にあった神社をこの地に遷宮したことが始まりだとか。商売繁盛の神である稲荷神社も祀られており、境内にはキツネの像が置かれているなど、かつて商業で栄えた姿を思い起こさせます。
化学繊維の普及に伴って工場は撤退しましたが、新たに役場関係庁舎や公民館、県総合庁舎、商業施設などが建設され、和田山駅前は行政・商工業の拠点としてその姿を変えました。
―時代の移り変わりとともに
駅の改札口を降りて正面に見えるアーチ看板は、「和田山駅前センター街」の入り口です。製糸工場跡地の活性化を担って建てられたショッピング街で、オレンジを基調とした施設は現在の和田山駅前を象徴する施設ともいえます。最盛期よりお店の数は減りましたが、ハイカラな名店街の名残をとどめています。

(画像:和田山駅機関庫)
他にも和田山駅構内には、明治45年(1912)に建設された和田山駅機関庫も残されています。平成3年(1991)までのおよそ80年間にわたり、蒸気機関車やディーゼル機関車の点検修理などのための施設として利用されてきたもので、現在は倉庫として利用されています。内部には立ち入り禁止ですが、駅前ロータリーやホーム内から特徴的なレンガ造りの外観が見学できます。
時代の移り変わりとともに町の景色が変わっていった和田山駅前。製糸工場の歴史を巡りながら、今と昔を歩き比べてみては。
LINK UP JR和田山駅前
| ■ JR和田山駅 [所]兵庫県朝来市和田山町東谷184-5 [HP]https://eki.jr-odekake.net/top?id=0630724 |














