高校時代の恩師に誘われたことがきっかけで、「禅の道」を究めることになったドイツ出身の僧侶、ネルケ無方さん。2002年に曹洞宗「安泰寺」の住職となり、新温泉町久斗山の山深き地で、修業者たちとともに自給自足の生活を送りながら、座禅修行に励んでいます。「本当の豊かさとは」を教えられた、ネルケ住職のお話しです。
― 座禅を通して自分の世界が広がる
ドイツ・ベルリンに生まれたネルケ無方さん。日本へ渡るきっかけとなったのは、高校の恩師に「座禅」のサークルに誘われたことでした。初めは新興宗教の勧誘と思って断りますが、2週間後に再び誘われます。なおさらおかしいと思ったそうですが、先生の「一度もトライしないでやらないのはおかしいじゃないか」という言葉にうながされて渋々参加しました。
しかし、座禅を体感するとすっかりはまってしまいます。結局1年間、毎回サークル活動に参加し、その後、責任者になりました。1回でやめるつもりだったという座禅に、なぜそこまでのめり込んでしまったのでしょうか。
「私は座禅を体感するまで、頭だけが自分と思っていました。首より下は機械に過ぎない。自分は頭の中にいると思っていたのです。話しを聞いていればいいと、授業中の姿勢もひどく、よく先生に怒られました。しかし、座禅をすると、首から下の自分がいることに気づきました。姿勢が変われば、自分が変わる。生まれて初めて、自分が呼吸していることを実感したのです。」
静かに座ると雨の音や虫の声が聞こえ、今まで気にもとめなかった世界と自分がつながっていることを感じたというネルケさん。首より上と下がつながっている、そして、自分の体と世界がつながっていることに気づかされ、座禅を通して視野が広がったと話します。
― 禅の道を極めるため、憧れの日本へ渡る
2500年前にインドで始まり、その後、中国から日本に伝わった禅の道。禅書を読んで今でも日本で禅僧がこの道を追求していることを知ったネルケさんは、来日への憧れを強くしました。「日本で禅の道を究めたい。」恩師に相談しますが、「君の熱も数年で冷めるだろうから、今はドイツで生きていく道を探しなさい」と、大学への進学を勧められました。
大学では日本語を専攻しましたが、日本への憧れは強くなる一方。意を決して、1年間、京都へ留学することに決めました。座禅修行に励みますが、より本格的な修業をしたいと思い、当時、通っていた禅寺の和尚さんに相談。そこで、日本海にある新温泉町の安泰寺を教えられました。
そこでは昔の中国の禅のように自給自足の生活を送りながら、1800時間もの座禅が組めると聞いたネルケさん。留学期間の残り半年、安泰寺で過ごすことを決めます。ちょうどその当時、新温泉町では台風19号による大きなが被害があり、バス停から寺までの約4キロの道もきれいさっぱり流されていました。道なき山を必死の思いではい上がったネルケさん。その先には、今後の運命を決める師匠との出会いが待っていました。
― 「お前自身が安泰寺を作れ」師匠から教わったこと
泥だらけの外国人留学生を、お風呂に入れて出迎えてくれた安泰寺の住職。「禅のことを勉強にしに来ました」と言うと、住職は一喝します。「ここは学校じゃない!お前が安泰寺を作るんだ。」
「22歳の若者に住職は何を言ってるんだと衝撃を受けました。修行とは教えられてするものじゃない、半年間で何が発見できるかは君次第ということを言いたかったんだと思います。この言葉に感銘を受けて、またここに戻って修業をしたいという気持ちになりました。」そして、3年後、再び、安泰寺に戻ってきたネルケさん。いよいよ本格的な修業の日々が始まりました。
最初に任せられたのは料理番。慣れない日本食の調理とあって、先輩からは毎日怒られる日々。「僕はここに料理の勉強をしに来たんじゃない!禅の修行をするために来たんだ」と、不満をこぼしました。
「お前なんかどうでもいい」と、住職に怒られたネルケさん。最初はこの言葉の意味が分かりませんでした。「お前が安泰寺を作れ」といったのに、自分が必要ないとはどういうことなのか。
「禅とは24時間修行ですから、今思えば、怒られて当たり前。住職が言いたかったのは、安泰寺を作るためにはエゴを捨てなければいけないということなのです。それはコミュニティでも同じ。主体的に動く部分と、エゴを捨てる部分の両方がないと、よい社会は作れません。みんなが一丸となるにはそのバランスが大切なのです。これが師匠から学んだ一番大事なことです。」
― 豊かな人生を送るということ
現在、16名の仲間たちとともに、自給自足の生活を営みながら座禅修行に励んでいるネルケさん。一度安泰寺を離れた後、大阪城公園で座禅会を開いたりしていましたが、師匠が亡くなったという知らせが入ります。そこで新温泉町への移住を決意すると同時に、今の奥さんと結婚。そして、新婦を連れて、安泰寺の住職となりました。
初めは奥さんとの2人暮らし。冬は4メートル近くも雪が積もる山深い地で、本当にやっていけるだろうかと挫折しそうな時期もあったといいます。しかし、本格的な座禅修行ができる日本でも貴重な寺として、4、5年前ぐらいから徐々に修行者が増え出し、今ではホームページを見て海外からも人が訪れます。
「ここには何もないですが、豊かな生活があります。私が考える豊かな人生とは時間があること。ほとんどの人が目先の豊かさばかりを追い求めて働き、結局は自分の時間が持てない貧しい生活になっています。ここでは800時間の労働で生きていくことができ、自分がやりたい座禅が1日5時間、年間1800時間も組めます。そして、ここにはきれいな空気と水がある。欲を求めれば、切りがない。クオリティ オブ ライフ。質のよい空気、水、食べ物があれば、上質な生活を送ることができます。それこそが、豊かな人生と思うのです。」
但馬は四季がはっきりしていることが魅力。季節の移ろいが感じられることに幸せを感じると話す、ネルケさん。「少欲知足」とは、 欲望を全て消してしまうのではなく、欲張らないで、与えられた現実を素直に受け入れるという仏教の教え。 忙しさのあまりに見失っている物が多い現代の私たち。ここでは不思議なくらいに1日が長く過ぎていきます。
LINK UP ネルケ 無方
■曹洞宗 安泰寺 [所]兵庫県美方郡新温泉町久斗山62[問]0796-85-0023 (HP)http://antaiji.org/ |