お菓子のふるさと但馬|身近にある橘

お菓子のふるさと中嶋神社身近にある橘

タジマもりあげ隊菓子祭前日祭実行委員会

菓祖、田道間守命(たじまもりのみこと)が持ち帰った「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」。今の「橘(たちばな)」と言われ、実は私たちの身近に存在していることを知っていますか!

「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」とは?

垂仁天皇の命を受けて、はるかな地に、命を長らえることのできる実、その時節でなくてもいつでもある香り高い果物「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」を探し求める旅に出た田道間守命。田道間守が持ち帰った「非時香菓」は橘の実とされ、これはミカンの原種と言われてます。別名はヤマトタチバナ、ニッポンタチバナと言い、日本に古くから自生していた日本固有の柑橘類です。昔はみかんと言えば「お菓子」であり、そのことから田道間守命は菓祖とされました。田道間守を祀る中嶋神社の参道にも橘の木が植えられています。

身近にある橘(1)-皇室ゆかりの橘

「橘」と言われても、ピンとこない方も多いかも知れません。しかし、橘は昔から日本人にとって大切なものであり、実は私たちの身近にあることはご存知でしょうか?橘と聞いて最も有名なのが、京都御所の紫宸殿にある「右近橘」です。平安京が造営された際に、紫宸殿正面(内裏)には右に「橘の樹」、左に「桜の樹(左近桜)」があったとされ、現在の京都御所にも再建されたものが伝わっています。橘は寒暖に関係なく生い茂る常緑樹であることから、長寿の象徴とされて植えられたと言われています。ひな祭りのひな壇もこれに倣い、「右近橘」と「左近桜」が飾られています。
皇室のゆかりが深いことから、昭和12年に制定された「文化勲章」にも、橘のデザインが採用されました。これは昭和天皇の意向で桜から変更されたと言われ、紫宸殿の「右近橘」や垂仁天皇が不老不死の実を求めたことから「文化は永久的なもの」と考えて採用に至ったとされます。

身近にある橘(2)-家紋や硬貨のデザイン

古来より橘氏の代表紋であり、軍師・黒田官兵衛で有名な黒田氏や大老・井伊直弼の井伊氏も橘紋を家紋として使用しています。橘は常緑樹で、木は積雪に耐えてよく育つことや、「たち」が「太刀」と繋がることから武家によく用いられています。日本全国ではベスト10に入る人気の家紋です。
また、一番身近な所では500円硬貨の裏面に橘(左右)と竹(上下)、表に桐がデザインされています。橘・竹・桐は古来より日本人が慣れ親しんだ植物であることから採用されたようです。令和3年からは偽造防止のため新500円硬貨が発行される予定ですが、橘・竹・桐のデザインに変更はありません。